ダイエット「伊右衛門流」

あなたの運命を変えるかも知れない減量論

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太った事実を許したい①

あるテレビのダイエット特番で取り上げられていた方の話です。その女性はかなりの肥満体型でした。昼前に辛そうに起きてきて、大量の朝食をどっさり食べて、そしてすぐソファに倒れ込む姿。観ていると「これはヒドイな」と感じさせます。

「だらけてんじゃねぇよ」と言いたくなりそうですね。

ですが、きっと彼女は非難されるこの瞬間も「このままじゃ駄目だ、何とかしたい」と思っています。外見と行動から持たれてしまう印象ほどには、彼女は悪くないんです。何かに引きずり込まれるかのようにカラダの自由を奪われているだけ。

「そんな訳ないでしょ?!」となるでしょうか。

「だらけている」と評価されてしまいますが、実は立ってるだけでも辛い。あれだけの重量を支えるということは実際とてもキツイんです。24時間ずっとこの「重い体」なんですよね。

どの位キツイか、想像してみて欲しいんです。

今、標準体重の人に、例えば50㌔の何かを背負ってもらい「さ、これで普段と同じように動いてください」って言ったら、どうでしょうか?

「いやあ、ちょっと、無理」ってなりませんか?

50㌔背負ったその状態で買物へ行き家に戻る。帰り着いた途端、へたり込みたいですよね?

家の中でちょっと動く、と言うだけでも良いです。ただし50㌔背負って(笑)。すぐに休んでしまいませんでしょうか。

休んでしまう。辛いと言う、感じる。・・・これって「怠惰」でしょうかね?

ただ背負ってるだけの「荷物」ではなく、脂肪なら、そこには血管が多く張り巡らされます。これを通じて栄養や酸素が随時持って行かれますし、当然に心臓へ余計な負担がかかります。つまりこれだけで通常より疲れやすいんです

実は標準体重の人間が普通に50㌔背負うよりも、50㌔オーバーしている人の方が「条件的に悪い」という訳です。

負担の大きさが想像して頂ければ次です。その人に向かって言うんです。

「動けばいいじゃん、だらけてるんだよ、お前」って。

「体が重くて動けない」と言っても「そもそも太ったのが悪いんだから、だらけていい理由にはならんでしょ?」となるんですね。自分が悪いんだから自業自得だ、という訳です。

どれだけ酷いことか「想像」して頂けますでしょうか。肥満経験のない人に限って、割と気軽に「動かないから太るんだよ」等といいます。

無理なんです(笑)。自分にすら出来そうもないことを求めていることになりますね。「想像」が及ばないから出てくる言葉だとは思います。知ってなお言うのなら論外。

さて、これで更に「走る」なんて無理というのは、割と判りやすい話です。じゃあ皿洗いのような「軽作業」で考えてみます。「それ位もできないなんて怠けるな!」って話に、次はなりそうです(笑)。

皿洗い程度なら動きが少ないし。太っていても特に疲れず問題なくこなせそう?さて、本当にそうでしょうか。

皿洗いの為にシンク移動でも既にそこそこツライですが、シンク前ではぶ厚い体が「物理的な邪魔」となります。思うように取り回せません。

物理的な邪魔って結構な影響力です。皿を洗うんだからシンクを見下ろしますが、これすらキツイです。下を見ると「まつ毛が刺さる」って話もあったりします。

少し視点を変えますが、例えば標準体型の人が作業着を着ます。作業着は機能的ですから、動きやすく仕事が捗ります。

当たり前の話ですよね?

で。この人に作業着を着ず私服のままで「いつもと同じ作業をして下さい」と言う訳です。

例えば機械に服が巻き込まれそうになるので、動きを制限しちゃう。または服が汚れそうだから気を遣って大胆な動きができない。きっとその人はこう思います。

「煩わしいし疲れるわ。ああ、作業着だったらちゃんとできるのに!」

動くには「相応しいスタイル」があって、そうでないと余計な体力や気力を使ってしまうことになります。太っているという状況は、体が重く疲れるだけではなく、物理的な動きも制限します。先ほどの皿洗いにしても「お相撲さんスーツ」を着て皿洗いして頂戴、というようなものですね。

時々自治体では、老人体験をするために体の動きを制限したり、耳や目の機能を制限したりするワークショップがあります。または妊婦状態を再現するスーツを着て、街中を歩く体験をしたり。

体験して、初めて体の不自由な状態がどんなものか。妊婦の気持ちが判ります。で、ようやく「あぁ、これからは席を譲ろう」という、これまでと違った気持ちになります。

さっきも言いましたが、想像力の問題なんです。行動を制限されているという意味では同じ構造なのに、どうして肥満についてはそういう想像がなされないのでしょうか。

「太るのは自己管理がなってない」

「本人の自己責任だ」

そう、何処かで思ってるからではないでしょうか?

さて。

まずはその「背景」を切り離し「重さや体型」という「物理的な要素」に注目し書きました。すると肥満は、妊婦や、普通の人が荷物を背負った状態と、何ら変わりないことに気づいて頂けたと思うんです。

妊婦に「頑張れ」というのは酷なのと同じなんですね。

ただ違うのは「妊婦や老人と違い、肥満は自己責任で何とかできたろう?」という部分です。次回は「太ってるのは自己責任という勘違い」について。

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